AIの中で起きていること

AIに記憶はない。
では、なぜ話が通じるのか。

キャッシュという仕組みを、いちばん手前から。

先に結論です。AIは前回のことを何ひとつ覚えていません。話が通じているのは、覚えているからではなく、毎回ぜんぶ読み直しているからです。キャッシュは、その読み直しを速くするための仕組みです。

1毎回、はじめまして

優秀な助っ人を雇ったと想像してください。仕事はとても速い。ただしひとつだけ、変わったところがあります。

この人は、毎回まっさらな状態でやってきます。昨日いっしょに何をしたか、5分前に何を話したか、いっさい覚えていません。悪気はなく、そういう仕組みなのです。

前回のAI やり取りを終えた つながっていない 今回のAI 中身は空っぽ
記憶が引き継がれる線は、どこにもありません。

2だから、毎回ぜんぶ渡している

覚えていない人と仕事を進めるには、どうすればいいでしょうか。答えはひとつです。そのつど、必要なものをぜんぶ渡す。

実際そうしています。あなたが「これ直して」とひとこと送るたびに、裏側ではこれだけの束が一緒に渡されています。

つまり、あなたが送っているのは「ひとこと」でも、AIが受け取っているのはぶ厚いファイルの束です。そして会話が進むほど、この束は厚くなっていきます。

1回目 2回目 3回目 4回目 毎回この量を まるごと渡す
会話が続くほど、毎回渡す束は厚くなります。減ることはありません。

3読むのに、時間がかかる

ここからが本題です。渡された束を、助っ人は最初から最後まで読んでから仕事にかかります。

具体例で考えます。あなたが40ページの資料を渡して、3回質問したとします。

1回目この資料の要点を3つにまとめて

2回目中小企業向けの記述はどのあたり?

3回目受講者向けに一枚のスライドにして

助っ人は毎回まっさらですから、40ページを3回、最初から読み込むことになります。資料の中身は1文字も変わっていないのに、です。

あまりにもったいない。そこで考え出されたのが、次の工夫です。

4読み終えた状態を、机に置いておく

助っ人が40ページを読み終えたとき、その本には付箋がびっしり貼られています。どこに何が書いてあるか、頭に入った状態です。

この付箋だらけの本を、片付けずに机の上に出しっぱなしにしておく。そうすれば次の質問のとき、読み込みからやり直さずに済みます。

この「机に出しっぱなしの、付箋だらけの本」がキャッシュです。

2回目の質問に答えるまで なし 40ページをまた読み込む 考えて答える あり 机から取る 考えて答える ← ここまで短くなる ※ 青い「考えて答える」の長さは、どちらも同じ。ここは省けません。
短くなるのは読み込みの部分だけ。考える部分は変わりません。

5いちばん大事なところ

ここだけは、誤解されやすいので念を押させてください。

よくある勘違い

「キャッシュがあるときはキャッシュから情報を取り出し、ないときは会話の記録から取り出す」

実際は

情報を取り出す先は、いつでも会話の記録ひとつだけです。キャッシュは情報のしまい場所ではありません。

本のたとえに戻ります。付箋を貼ったからといって、本の中身が付箋に移ったわけではありません。答えるときに読むのは、あくまで本文です。付箋は「どこを見ればいいか」を速くしているだけです。

だから、こうなります。

読み込む作業中身を使って考える作業
キャッシュなし一から読む(重い)ぜんぶ使う
キャッシュあり机から取るだけ(軽い)ぜんぶ使う

右の列は、まったく同じです。だから答えの中身も同じになります。キャッシュを使ったからといって、雑になったり、見落としが増えたりはしません。

この理解が身につくと、次の疑問が自然に消えます。

「キャッシュが切れたら会話も消えるのでは?」
→ 消えません。本は本棚にあります。

「キャッシュに入っていないことは答えられないのでは?」
→ 答えられます。読む先は本文です。

6机は、いつまでも借りられない

机の上に置きっぱなしにできる時間には、期限があります。5分1時間です。

ただし5分のほうには特典があります。本を手に取るたびに、期限がタダで延びます。だから作業を続けている間は、5分でも切れません。

やり取りしたあと、25分ほど席を外して戻ってきた場合 5分 まだある 片付けられてしまう また40ページ読み込み 遅くて割高な1回 1時間 机の上にそのまま置いてある すぐ続きから 速くて安い 0分5分25分
差が出るのは、席を外したときだけです。

まとめると、こうなります。ずっと張りついて作業するなら5分で十分。5分から1時間くらいの中断がよく入るなら1時間が向いています。半日あけるなら、どちらにしても片付いているので同じです。

7助っ人が代わると、付箋は使えない

最後にもうひとつ。この付箋の貼り方は、助っ人ひとりひとりで違います。

Opus が貼った付箋を、Fable は読めません。人が違えば、印のつけ方も違うからです。だから作業の途中でモデルを切り替えると、新しい助っ人が一から読み直すことになります。

切り替えた直後の1回だけ、遅くて割高になるのはこのためです。損を減らしたいなら、会話がまだ短いうち、あるいは区切りをつけたタイミングで切り替えるのが得策です。

8ぜんぶを、ひとことで

AIは毎回まっさらで来る。だから毎回、ぶ厚い束をまるごと渡している。それを読むのが重いので、読み終えた状態を机に出しっぱなしにしておく。それがキャッシュ。

キャッシュは情報のしまい場所ではなく、読む手間を省くための下ごしらえ。だから答えの中身は変わらない。変わるのは速さと料金だけ。

著者: 藤川忠彦(ふじかわ ただひろ) — 企業向けAI導入アドバイザー、神奈川県茅ヶ崎市。

開いた本と三枚の付箋で読み終えた状態を置いておくキャッシュを表した表紙画像
FUJIKAWA LAB SPECIMEN 42 / 42